株式会社tyottoのロゴ

「今までの人生は、偶然なようで必然だった」大学3年で創業したスタートアップエンジニアのキャリア

tyotto meの設計開発からサポートまで全てを担当しているイトウテツシです。

大学3年の夏に今の会社を創業してはや3年が経過しようとしています。感覚としてはあっという間な3年ですが、振り返ってみると長い3年でした。1年前には、いや、数ヶ月前には想像もしていなかった働き方をするという経験をなんどもしてきました。それらは当時は偶然に感じていましたが、今考えると必然のようにも感じられます。

今回は創業の数年前、僕が2013年に大学に入学したときからtyotto Inc.の創業までのお話です。

大学1年生の6月には、起業しようとしていた

僕は大学在学中はクラウドのカレンダーではなく、手帳を愛用していました。4年分の手帳が部屋から出てきたので見返してみると、大学1年生の6月にはもう起業しようとしていました。

(そのプロジェクトは結局立ち消えになってしまい、約2年の修行期間を経て株式会社tyottoを創業するに至ります。)

大学受験が終わり、大学生活が始まった頃でした。昔から興味があったプログラミングを趣味で続ける中で、

「せっかく自分の個性があるのだから、恥ずかしがらずにTwitterで発信してみよう」

と思うようになり、Twitterで作ったものややりたいことを少しずつ発信し始めていました。

すると、大学で知り合った友達から人を紹介されました。

「起業する友達がエンジニアを探しているらしいから、話を聞いてみない?」

当時はこんなこともあるもんだな〜と気楽に考えつつ、面白そうなので話を聞いてみて、やってみることにしました。

そのときはまさに、気まぐれに発信しようと思って、たまたまエンジニアを探している人がいた。そんな程度に考えていました。

しかし、今思えば、

  • 紹介してもらった起業家の人も、自分がエンジニアを求めていることを発信していた
  • 僕は先述のように自分のやりたいことを発信していた

それらの行動があったからこそこういった縁が生まれたのだと思います。

大学1年の夏から、プログラマーとしてアルバイトを始める

月並みですが、大学生になって予想以上の自由な時間に味をしめ、サークルでテニスをしたり、友達とご飯を食べにいったりと遊ぶことも増えました。

そして、お金がなくなりました。

「アルバイトをしなくては!!!」

「勉強は人並みよりはできるし、塾講師がコスパ良いかな」

そんな若い考えで地元の2つの学習塾に応募して面接を受けました。

こちらからご連絡しますね、と言われて6年待っていますが、そろそろ採用通知がくる頃ですかね?!

 

アルバイトもしたことがなかったので、どういう働き方があるのかもわからず、とりあえず求人サイトを色々見てみることにしました。みるだけタダですし。笑

気になる条件的なエリアがあり、チェックボックスの項目を見ていると、「プログラマー・エンジニア」なる項目に目を引かれました。

「自分の趣味でアルバイトできるの?より深められるし、お給料ももらえるし、自分は情報工学科だし一石三鳥じゃん!!」

そのままプログラマーに絞ってアルバイトを検索し、勤務できそうな分野と場所で3件ほどに絞り込みました。

当時は多少基本的なアルゴリズムや問題解決能力に自信はあったものの、プログラミング言語としてはC言語やVisual Basicくらいしか触ったことはありませんでした。

・Visual C++を使っての開発で、研修期間がしっかりあります。

この条件が決め手になり、1社に応募してみました。

ありがたいことに、面接で軽く話しをしてその場で採用となりました。

大学1年生の夏から、独学でのエンジニアキャリアから社会に出てのエンジニアキャリアに変わりました。

この経験もまた、そのときは偶然に偶然が重なって思いがけずエンジニアとして働くことになったとしか思っていませんでした。採用されてはじめて親に伝えたことを今でも覚えています。

しかし、自分が好きなことを深めておいたからこそ拓けた道だったのかもしれません。

大学2年の夏、転職!

1社目のアルバイトでVisual C++を活用してシステムを開発をしている中、ふとサークル内で同じようにプログラミングのアルバイトをしている先輩と話す機会がありました。

僕のアルバイトとはだいぶ領域の違う、Web関係の仕事をしているとのことでした。

何を思ったか、ノリで「今度紹介してくださいよー!」と言ってみたら、たまたま人が足りていないらしく、本当に紹介してくれることになりました。

面接のため都内のビルのオフィスに行ってみると、オフィスには社長と、エンジニアの代表の二人のみ。

社員3名、インターン1名という超少数精鋭のベンチャー企業でした。

自分のやってきたこと、入るとしたら期待される仕事内容について話して、こちらもその場で採用となりました。

これもあれよあれよという間に決まっていったので、親に伝えたのはこれまた全て決まった後です。

「ベンチャー企業に転職した」

と事後報告を入れました。

 

1社目で実力が及ばず、楽しさを感じられない局面が増えてしまっていて、何か環境を変える必要を感じていて、さらに先輩とアルバイトの話をしてみたことがきっかけでこのような機会を得ることができたのだと思います。

Web系は1社目のアルバイトではやっていなかったものの、自分で少しずつやっていたこともあり、すぐに貢献できることもあるかもしれないと伝えることができました。

技術を勝手に学んでいたら、チャンスが降ってきた

Ruby on Rails 4との出会い

2社目のアルバイトはWeb系のインターンとなりました。

作ったサービスが即座にユーザーの元に届く。

これがとてもやりがいがあり、のめり込んでいきました。

今の時代は、デバイスにとらわれないマルチプラットフォームの時代だ。

その中心にあるのはブラウザをプラットフォームとして動作するWebだ。

そう信じて学び続けていました。

職場でのメインの技術はWordPressでしたが、もっと自分の思いのままのWebアプリケーションを作りたいと思い、大学2年の冬からRuby on Railsに挑戦し始めました。

もちろん職場で求められたわけではありません。

最近よく聞くRuby on Railsとはなんなのか、なんでそんなに人気なのかが気になり、本を買って学び始めました。

気づけば、社内でも上位の技術力になっていた

こんな簡単にWebアプリが作れるなんて!

Rubyという言語自体の面白さや、Ruby on Railsの強力なレールのおかげでサクサクアプリを作ることができました。

やればスキルがつく。スキルがつけばやれることが増える。

並行して所属していたサークルでは会計を任されていたので、メンバーの支払い状況を管理するWebアプリケーションを作ってみたものです。

今思えば、最初に作るシステムが会計なんて超リスキーですね。それなりに動くようになりましたが、結局はGoogleのSpreadsheetに落ち着きました。

 

そんなこんなでやっているうちに、Gitが使えるようになったり、Vagrantでの仮想開発環境の構築ができるようになったり、AWSを使ってサーバーを立てられるようになったりしました。

インターン生もちょっとずつ増えてきて、賑やかになってきた頃、気づけば一番リリース数が多くなっていました。

いきなり新規サービス担当に

Ruby on Railsを学んでいることを雑談程度にCTO(エンジニアのトップのこと)と話すうちに、事業の方針としてショッピングサイトを作るということになったと教えてもらいました。

その開発をRuby on Railsでやろうと考えているので、できるならやってみないか

そんな感じで持ちかけられ、これはチャンス!と飛びつきました。

基本的な設計から開発まで、ほぼ全てを一人で行いました。

困ったらCTOが助けてくれるだろう、なんて気楽に考えられたからこそ、安心して攻めていけた気がします。

設計の仕方、コードレビューの仕方、テストの仕方などみっちり教わりながら、プロジェクトは完了して無事リリースを迎えました。

 

勝手にやっていたことで自分のキャリアが大きく拓けることをここでまた実感しました。

自分の限界を試したい

インターンでは、自分の実力を遺憾無く発揮できるし、お給料ももらえるしで満足していました。

しかし、いつしか全てを自分で舵取りして何かをやってみたらどうなるだろう?という考えを持つようになりました。

自分の考えられるすべてを尽くして、大きなことをやってみたい。

そう考えていたら、大学の同期が起業しようとしていることを友達経由で耳にしました。

気になって話を聞きに渋谷に出向いて会ったのが、今の会社のCEOである新井光樹です。

やろうとしていることと、自分が提供できることをすり合わせた結果、これはいけそうということになりジョインしました。

そこからはひたすらサービスを作り続ける日々でした。

自分の思うままにものづくりに熱中できる日々が楽しい。仲間と頑張る日々が楽しい。

自分がやりたいことはこれだ、というものを21歳で見つけました。

計画的偶発性理論、というもの

創業から1年後、今も盛り上がっている個別指導塾Withdomがスタートします。

そのWithdomで今年初めまでアルバイト講師をしてくれていた法政大学のキャリアデザイン学部の講師さんが教えてくれたものの中に、計画的偶発性理論というものがありました。

今までの僕自身のキャリアは偶然だと思っていましたが、この理論を聞いてある意味必然だったと考えが変わりました。

そして、その偶然は意図的に起こすことができると。

その偶然を起こす方法が、何か行動を起こすことなんだと。

 

この理論は、今スタートアップ企業のクリエイター代表として働いていて、教えてくれる人も助けてくれる人もいない中で前に進むための大きな支えになっています。

苦しいときでもインプットをやめず、行動を続けていればきっとチャンスにつながる。そう信じて頑張っています。

 

「うまくいかないから行動しない」ではなく「行動すれば偶然面白いことが起きるさ」くらいの気軽さでどんどんやりたいことに挑戦していく若者を増やしたいと思って日々活動しています。

 

ほぼ僕のヘンなキャリアの紹介になってしまった気もしますが、大企業に入れなくても、理系で大学院に行かなくても日々やりたいことを持って生きられています。

この記事を読んだ皆さんも、何か今までだったらやらなかったことに挑戦して、偶然を呼び起こしてみませんか。

伊藤 哲志
伊藤 哲志
tyotto Inc. リードエンジニア / 1994 / 幼い頃からロボティクス・コンピューターサイエンスに触れたことでテクノロジーに深く興味を持つようになりました。AO入試で東京工業大学の情報工学科に入学してからは、学業と並行してIT企業でのインターンや教育工学研究室での研究を行い、教育×ITをテーマに活動を続けてきました。考えを文章で発信したり、組織づくりを行ったりすることも好きで、日常的に社内・社外に発信しています。